近頃、無縁社会という言葉をよく耳にします。


無縁社会(むえんしゃかいとは、単身世帯が増え、人と人との関係が希薄となりつつある日本の社会の一面を言いあらわしたもの。NHKにより2010年に制作・放送されたテレビ番組による造語である。
(wikipedeiaより抜粋)


その背景には、少子高齢化や若者の結婚に対する価値観の変化個人情報保護法によるプライバシー保護の厳格化、若者のネットによる交流が主流化し、社会や家族との関係の希薄化などが原因としてあるようです。
日本では年間3万人の人が孤独死しており、身元すら判明せずに火葬され、無縁墓地に埋葬されるケースも増えているとの事・・・。


無縁社会・・・何だか寂しいというか、個人的に嫌いな言葉です。
そもそも無縁なんか存在するのでしょうか?


仏教の言葉に『対面同席五百生(たいめんどうせきごひゃくしょう)』
という言葉があるそうです。
例えば、電車やバスの中で対面したり、同席した人とは過去生において、最低でも500回に渡る人生の中で、何らかの関わりあいがあった人であると言われています。
似たような意味で、袖触れ合うも他生の縁という言葉もありますね。
僕個人としては、人間は必ずどこかで繋がっていると思います。


数ヶ月前、Facebookを通じて、ある方とお友達になりました。
実際にお会いしてみた所、初めてお会いするのに、まるで今まで知り合いだったかのような雰囲気で、とても不思議な感覚でした。今では家族ぐるみのお付き合いをさせて頂いております。
その方の祖先は、あの武田信玄で御馴染みの武田一族の武士なんだそうです。
実は私の母方の祖先のルーツを辿ると、同じく武田の出身であります。
私が公私共にお世話になっており、心の師匠と呼ばせて頂いている方も、武田に縁のある方でした。
偶然と言われればそれまでですが、現世において、過去からの繋がりやご縁というものが必ず存在すると、僕は思っています。


せっかく過去からの繋がりやご縁を頂いても、それに気付かなければ繋がりやご縁は成立しないと思います。
気付く手段の一つとして、やはり感謝の心だと思います。


この世に生を受けた事への感謝、それはご先祖様や両親との縁を深めます。
家族、友人、仲間、先輩方も同様です。
自分が良くしてもらっているのに、それを当然と思ったり、感謝すらしないようでは縁も去りますよね。
先述した通り、無縁社会の原因が色々と挙げられていますが、それらはあくまで表面的な原因であり、真の原因は人としての、もっと基本的な部分にあるような気がします。
基本が出来ていないのに、うまくいく訳がないです。



感謝の気持ちを意識するだけでも、無縁社会という悲しい現実の姿が少しは変わるように思います。
何だか、また面倒くさい事を書いてしまいました・・・。
今日はこの辺で!ごきげんよう。






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